台湾のことを話そう

私の12年間の台湾のことを話そう。海外に住んだからこそわかる日本のいいところも語ろう。

台湾のツバメ

ツバメの季節。台北では、3月頃から巣作りをするツバメを見かけることができる。ツバメが巣作りをしている頃には、もう半袖短パンで行動している頃だ。ちょうど日本の6月頃に相当するだろうか。ツバメが低く飛ぶと雨が降るというけれど、台北でも、湿度が…

日本の銀行口座のCashを台湾のATMで引き出す

台湾に行く前に、「郵貯ワールドキャッシュ」というキャッシュカードを申請した。 citibankとゆうちょが提携してできたキャッシュカードで、海外現地のATMから日本のゆうちょ口座にある現金を引き出せるという、2000年当時はとても画期的なものだった。 日本…

台湾で部屋探し〜2年目は居候02

台湾生活2年目のいち外国人にとって台湾語は難解だ。文字がないから「テキストを元に自習」という方法がとれない。 部屋探しで居候する先に外省人家庭を選んだのにはそうした理由もあった。家族全員の共通語が中国語なので、同居人である自分も、少なくとも…

台湾で部屋探し〜2年目は居候01

2年目の部屋探しは、低予算目で狙うことにした。 台湾に来てすぐのときは、友人の紹介で日本人窓口のいる不動産屋さんに仲介してもらったが、台湾での部屋探しは大家と直接交渉が基本だ。 台湾の不動産屋は主に売買物件を扱っている。賃貸物件は町の掲示板に…

SARSのとき04〜自主隔離生活をする

この頃、逆に日本からの出張者をも戦々恐々とさせた。台湾へ出張にきた日本語学校のスタッフの方から体験談を伺った。 彼は、先に中国へ入国してから台湾へ来た。その後、再度中国に入国し日本へ帰国した。 事前に中国で原因不明の感染症が流行し始めている…

SARSのとき03〜英霊として忠烈祠に

SARSは特にこれといった決定打もなく、人から人への感染の封じ込めに成功したことで収束した。最後の感染者はどうしたのだろう。助かったと記憶しているが定かではない。 SARSが流行した頃に、小説の一編を思い出した。 星新一のショートショートだと思って…

SARSのとき02〜「渡航自粛」という言葉に翻弄される

当時のアルバイト先は留学センター。日本の日本語学校への留学申請のサポートをする仕事だ。SARSが流行り始めて数ヶ月後、秋の入学シーズンを迎えた。そこに日本政府からの「渡航自粛」勧告が出た。 日本語学校は春と秋に入学式を行う。海外では夏休み前に卒…

SARSのとき01〜始まりは大混乱

SARSが台湾で流行ったのは2003年のこと。WHOに正式加盟していなかった台湾は、大陸の情報封鎖のとばっちりをモロに食った。全く情報のない状態で、なんだかわけのわからない感染症の発生に市井の人々は恐怖におののいた。感染源もわからないし、特効薬もない…

嫌味を言われて返す方法とかわす方法

台湾のバスは前払いと後払いとがある。少し長めの路線を走るバスは、路線の中間より前半は前払い、後半は後払い。始点から乗って終点で降りるときなどは、都合2回バス賃を支払う。 あるときのこと。バスに乗ったら、通路に荷物を置いている人がいた。結構大…

間違い電話の相手に「間違いだ」と言っても信じてくれない

一回だけ、本当にしつこい間違い電話がかかってきたことがあった。 「間違いだ」と言っても、なぜか信じてくれない。ラチがあかないと思って途中で電話を切った。とくに特別じゃない反応のはずだ。 「蔡○○小姐嗎?」と全く違う名前あてにかかってきたので、…

間違い電話と台湾語とオレオレ詐欺

携帯に着信があり、出ると全然知らない人の名前で呼びかけられる。間違い電話だ。 呼びかけられるだけならまだしも、「あ、おばちゃん〜?」と全然知らない幼女から話しかけられたときは、「間違い電話よ」と言うのに少し心が痛んだ。 お母さんとかお婆ちゃ…

台湾の改名事情と実際に改名してみたら

台湾では改名が認められている。確か2回まで変更可能だったと思う。 改名しても、もし気に入らなかったら、元の名前に戻せるようにってことで2回なのかな。 元の戸籍も変えてしまうので、身分証明書からパスポートから健康保険証から、全ての変更が必要にな…

そういえば台湾で合コンに参加してた

台湾の合コンといえば。 一度だけ台湾で合コンに参加したことがある。 某日系商社勤務の台湾人男性たちとの合コン。これがなんとも... たぶん人数も多すぎたんだと思う。 男女各10名ずつくらい。男性側は全員台湾人、女性側は全員日本人。 日本の合コンスタ…

ノンアルコールな台湾人

東京で一人暮らしをしていた元OLの私にとって台北は遊びにくい街だった。 まず、安く気軽に飲める店が少ない。居酒屋は日本人駐在員向けだからそれなりの価格帯だし。 台湾人は、いわゆる「飲みニケーション」という習慣がないのだ。 台湾で友人ができ始めた…

台湾人のお節介とその対応法

台湾人は人懐こい。よく言えば人懐こく、悪く言えばおせっかい。 「他人の世話を焼きたい」 それが台湾人の好意の表れなのだろう。 好意を示されると、日本人はそれを全部受け止めようとする。そうして、食べきれない量の料理をもてなされて、つい無理をして…

台湾のビルはまっすぐ...じゃない

台湾の建物はちょっと安普請だ。 台湾も地震が多い。アルバイト先のオフィスが入ったビルは、ちょっと大きめの地震をきっかけに、隣のビルと少しだけ距離が縮まっていた。 その同じビルの下の階にダンス教室が入っていたのだが、一人で残業中、静かにしてい…

台湾の市場でお手伝い

台湾生活2年目でお付き合いした男性の家業が朝市の八百屋だった。 彼自身はサラリーマンなのだけれど、土日は朝早くから昼時まで手伝っていた。その間は私も暇だし、台湾の風俗を知るいい機会だと思ったのでちょくちょく手伝いに行った。 朝市は活気がある。…

治安がよい台湾で迷子になる

台湾は治安がいいとは言え、初めての海外生活には不安はつきもの。護身用として八徳ナイフを常に携帯していた。幸いなことに、これまで取り出さなければならない場面に遭遇したことはなく、野外での飲み会でワインがあってもワインオープナーがないときに重…

それぞれの車内での過ごし方

電車内、バス車内で通話する台湾人。日本ではマナー違反とされているので最初は面食らった。でも、いつでもどこでも電話できるのが携帯電話のいいところ。1年も過ぎないうちに台湾人の使い方の方が当たり前なのでは?と思うようになった。 中国語の会話は、…

運行ダイヤがない台湾のMRTとバスに乗るとき

台湾のMRTとバスには時刻表がない。 「ラッシュ時は5〜7分間隔」程度の表記。来たら乗る。とても単純。 東京のような複雑な乗り入れがないから、厳密なダイヤを決める必要性がないのだろう。 いつだったか、木柵線に乗るためにホームで待っていると、到着し…

運転が荒い台湾ドライバーとその笑い話

台湾のドライバーは運転が荒い。 前の車との間隔も狭いし、ウインカーを出さずに道を曲がる。 車の運転が荒いことによる笑い話もある。 小明搭一計程車,司機開得很快,經過信義路口時,遇到黃燈時,司機很快的衝過去。 小明大叫說:「剛是黃燈耶!好危險喔…

台湾で部屋探し〜1年目はビジネスホテル風03

ビジネスホテル風の部屋は、コンパクトにまとまっていて、必要なものは全部揃っていて快適だった。 電話回線が引かれていたけれど、ISDN契約されたものだったので、通話はできてもインターネット接続ができない。共用部分にあった客間の電話がダイアルアップ…

台湾で部屋探し〜1年目はビジネスホテル風02

台湾で部屋探し。 最初の部屋探しは、結局友人もお世話になったという不動産屋さんにお願いすることに。 日本人駐在員への貸し出しを専門にやっている不動産屋さんのようだった。 台湾の不動産屋さんというのは、通常は分譲のみを扱っているところが多い。賃…

台湾で部屋探し〜1年目はビジネスホテル風01

台湾に住む。 まず住まい探し。 台湾では家具付きで部屋を貸してくれるところが多い。 投資目的で貸し出しているところと、家族が独り立ちした・海外へ行ったなどの理由で余った部屋を貸し出しているところがあるからだ。 住まい探しも、色々と内見して探し…

台湾のことを話そう

2000年の7月。前年の秋に親父を亡くし、その半年後に親しくしていた異性の友人を亡くした私は、日本には何の未練もなくなってしまって、人生総取っ替えのつもりで台湾にやってきた。 親父が死んで母が「こんな不便な場所に住み続けたくない」と木更津の一戸…

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